小説家になろうなどにおけるネット小説で時おり「ステータス」が記載されている作品が見られる。
まず最初に言っておくが、私はこのステータスについては批判的な立場である。
理由としては、ステータス表記を今まで一度たりとも読んだことが無いからだ。
むしろ無駄に文字数を稼ぐ邪魔者だとしか思っていない。
今回はそんな「ステータス」は本当に必要なのか?
について考えていきたいと思う。
なお完全に個人の考えなので、批判などが合っても良いとも思っている。
一応ステータス表記について説明をしておく。
ステータス表記とは
主にネット小説のファンタジー枠で見られるキャラクターの強さを表したもの。
レベルやパラメータをVIT・STRなどゲーム的に表示させることが多い。
また、スキルも表示させるので、やたらとスキルを覚える頻度の多い作品は、ステータス表記だけでページの半分を埋めてしまうこともある。
目次
いつ頃から流行りだしたのか
このステータスを本文中に書く文化が広まったのが何時頃なのか、詳細は分からないが、個人的には「蜘蛛ですがなにか?」辺りが連載された時期。
つまり2015年辺りからの流行りのように思う。
正確な情報ではないので、私個人の感覚的なものだと思って欲しい。
ただ、私個人は毎日なろう系の小説を漁っているので、そう外れては居ないように思っている。
ここ最近は流石に減ってきたのか、以前よりかはステータスを表示させる小説は減ったように思うが、それでも時おりステータスを表示させている小説に出会うことがある。
ステータス表示の良い点・悪い点
さて、ではステータス表記について具体的に考察してみたいと思う。
ステータス表記は何が良くて、何が悪いのか。
いくつか思いつくものをあげてみる。
ステータス表記の良い点
ステータス表記の良い点として以下のものがあげられる。
- 主人公のスキル・能力が客観的にわかる
- 覚えたスキルをメモ代わりに出来る
- 読者に覚えたスキルを一覧にして表示させられる
- 読者にゲームのような感覚を与えさせられる
- 読者に主人公の強さを見せつけることが出来る
- スキルの進化などが文章を使わなくても目に見えて説明することが出来る
①【スキル・能力が客観的にわかる】
ステータスを表記することで、読者に客観的に主人公の強さを実感してもらえるのが、ステータス表記のメリットだろう。
だが、スキル・能力が客観的に分かれば確かに便利だが、そもそも能力の数値を見せられても、その世界の基準が分からないと凄いのかすら分からない作品も多い。
例えば「ATK(攻撃力)」が999だとしてもそれが9999中の999なのか。
一般男性の平均がいくらなのか?
その辺りをしっかりと書いていない物語は多い。
作者の中で自己完結しており、読者に伝わっていないのだ。
③読者に覚えたスキルを一覧にして表示させられる
これに関しては、昔の小説と違い、ゲーム設定を舞台にしたものが多くなったのも影響が多いように思う。
キャラクター達は簡単にスキルを覚えていく。
そのため、覚えたスキルをどこかで表示させる必要が出てくるのだ。
そもそもそのスキルとは何なのかという疑問も読者としては湧いてくるのだが、そのあたりの説明を上手く出来ている作者は実に少ない。
④読者にゲームのような感覚を与えさせられる
シナリオ自体がゲームを舞台にしているのであれば有りでは無いかと思う。
VRゲームであったり、ゲームの世界に入ってしまうというものだ。
これはゲームにステータスが有るのがデフォルトだからだ。
ただ、覚えたスキルを羅列して行くのは読者的には必要な行為とは思えないため、
②⑤⑥に関しては、作者の実力でカバーして頂きたい。
ステータス表記の問題点
さて、次に問題点について見ていこうと思う。
- スキルが多すぎるとそのスキルを覚えた必要性を感じない
- ステータス表記が多すぎて読者が読み飛ばす
- 読者としてはステータス自体に必要性を感じない
- 1話の半分がステータスだったりすると、読者に喪失感を与える
①スキルが多すぎるとそのスキルを覚えた必要性を感じない
多すぎるスキルは作者すら管理できなくなる。
主人公が覚えたスキルを、戦闘で全て活用出来ているだろうか?
段々とスキルの効果も曖昧になり、段々設定とストーリー展開に齟齬が発生していないだろうか?
また死にスキルも多くなっていく。
スキルは1つか2つまで、あくまでも必殺技として取得しておくべきではないだろうか。
②ステータス表記が多すぎて読者が読み飛ばす
ステータス表記が多いと読者は読み飛ばす。
読者が求めているのは詳細なデータではなく、物語だ。
③読者としてはステータス自体に必要性を感じない
読者は物語を読みに来ているのであって、ゲームをしているわけではない。
そんな中で、ひたすら登場人物のステータスを見せられて面白いだろうか?
例えば、ファンタジー映画を観ている時に、突然登場人物のステータスを見せられて視聴者は面白いだろうか?
視聴者は映画のストーリーを楽しんでいるのであって、その中に突如ステータスを表記させると、せっかくの楽しみを阻害することになりかねない。
同じように、読者にとってステータス表記は必要性を感じない要素でしかない。
④1話の半分がステータスだったりすると、読者に喪失感を与える
②と同様。
冒頭でも書いたが、更新を楽しみにしている読者からすれば、1話の半分が自分にとって不必要なステータス表記だったりすると、とてもがっかりする。
ステータス表記は必要なのか まとめ
ステータス表記について、個人的に良い点と悪い点を考えてみたが、やはり悪い点の方が多くなってしまった。
これは元から私がステータス表記について懐疑的なのも理由が有るだろう。
だが、私は今まで色々な映画や小説などを読んできたが、今まで本文中にステータスを表記させてきたような作品に会ったことが無い。
昨今のネット小説で生まれた新しい文化だと言われたらそれまでだが、
今までステータス表記が無くても、プロは読者に主人公の強さや能力は十分に伝えてきたのだ。
ステータス表記は小説のシナリオ上どうしても必要なものでない限り、出来る限り使わないのが読者のためにも、作者の執筆レベルアップの為にも良いのではないかと思う。